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 今日はいいお天気につられ古の平安に関係がある京都・南山城、京田辺市の「甘南備山」にハイキングに行ってきた。甘南備と書いて「かんなび」と読む。他に「神南備」とか「神無火」とかも書くが「甘南備」と書くのが多い。 で、この地名は実は京田辺にあるだけではなく日本全国にもあるポピュラーな名前なのだ。甘南備とは本来「神様が鎮座する場所」という意味である。
 地図で確認するとこの山を頂点とし、奈良の生駒山、若草山を底辺として一片16kほどの三角形を描くことが出来る。風水的に方位、座りが極めてよく古来よりこの山は大地の「氣」を受ける「坐山」とされてきた。風水では四神相応の都、京都の大地の気は、丹波山地から京都西山・男山丘陵の龍脈を流れ、甘南備山へと続く。このため平安京造営時には、南の基点として重視され、北の基点、船岡山と結ぶ直線上に大極殿・朱雀門・朱雀大路、羅生門などを建設して都の中心軸とされた。
 そしてこの甘南備山にはもっと壮大な謎が隠されている。それはすなわち邪馬台国から大和王朝に繋がるミッシングリング(失われた環)である。甘南備山のふもとには大住という地名があり、大住隼人と言われる古代豪族が住んでいた。これははるか九州から天皇に付き従って移住してきた一族だと言われている。「大住」と言う地名は九州の「大隈半島」からきた地名なのだ。すなわち九州にあった邪馬台国で卑弥呼の死後、政権争いが勃発し、その政争に敗れた豪族の一族郎党が東へ移住、紀伊半島の新宮に上陸後、熊野を経て奈良に至り、大和政権を樹立した。そしてこれが神武天皇の東征伝説の元になった、という説だ。真偽のほどは不明だが十分ありうる話しである。実際九州と和歌山〜熊野〜奈良には相関した地名がたくさんある。
 
 そんな古代のミステリーに思いをはせながらわずか200米ほどの高度の甘南備山の山頂まで登った。山頂近くには南山城地方が見渡せる展望台がある。かつてこの甘南備山のふもとに居を構えていた継体天皇はここから見える山城地方の景色をどんな気持ちで見ていたのだろうか? そんなことを思いながら弁当を食べ、新緑を渡るそよ風の中で気持ちよく昼寝をした。まさに至福のときである。[E:smile] 帰りには山のふもとの一休寺にも寄りとんち小僧、一休さんを偲んで家路についた。みなさんもGWはバカみたいに混むテーマパークや愛知万博・観光地で無為な時間を過ごすくらいなら知的好奇心を満たしてくれる小旅行をしてみてはどうだろう? GWくらいくだらないことに時間と金を使うのを止めてみるのもいいと思う。近場に一つや二つ、そんな場所はあるはずだ。[E:smile]

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